大分県小学生バレーボールチーム暴行:一部保護者が暴力隠蔽に関与し他の保護者を恫喝

 大分県日出町の小学生バレーボールチームで男性監督が「体罰」・暴力行為を加えていた問題で、暴力行為の告発があったことを知った一部保護者が主導して保護者会を開き、情報を漏らしたと疑った保護者を正座させて長時間詰問したり、「暴力行為を訴えることを許さない。守られない場合は強制退部させる」とする誓約書を全保護者に書くよう強要していたと指摘された。

 「毎日新聞」2019年11月22日『小学生バレーボール体罰 一部の保護者、口止め誓約書を配布 「情報漏らした」と正座させ詰問も』が報じている。

記事で指摘された内容

 監督が複数の児童に対して、「罰」としてグラウンドを走らせた上で平手打ちなどを加えたとする暴力問題が、2019年6月に発生した。同年7月には県小学生バレーボール連盟や町スポーツ少年団に暴力行為の情報提供があったとされる。

 記事によると、暴力被害が県連盟に報告された後の2019年7月16日、日出町内の公民館でバレーボール部の保護者会が開かれ、現役児童やOBの保護者合わせて約40人が集められたという。

 監督派・暴力肯定派の保護者が主導し、県連盟に暴力の情報を訴えた「犯人捜し」をおこなった。

 また一部保護者が主導して「誓約書」を作成し、「指導者・保護者の行為を批判しない」「チーム内で起きたことを関係協会や団体に訴えない」「守られない場合は、保護者会の過半数以上の承認を経て強制退部させる」などとする誓約書への署名を、チームの全保護者に強要した。

 記事では、暴力肯定派の一部保護者の発言として、以下のような内容が指摘されている。

男性保護者 誓約書を用意した。二度と告発が起きないように署名と捺印をしてもらおうと思う。県小連、日小連に報告するヤツは退部してください。

女性保護者 (連盟に報告した)親は自分の言いたいことばっか言って、我慢を知らないのか。

男性保護者 県小連とかに密告したら、自分の子供に返ってくるのが、わかっちょんのか。バレたら子供が高校に行けない可能性がある。チームの傘下に入った以上、そこは分かってほしい。

女性保護者 体罰を受けているのは子供たちも分かっている。先生(監督)の言うことを一回で聞けば、そうはならない。体罰の何が悪いのか。

男性保護者 連盟に報告する意味があるのか。チームの存続が危うくなるし、監督が職を追われるということになりかねない。

別の男性保護者 全国大会に行くために練習してるんやろ。

女性保護者 一致団結せんと。

男性保護者 学校だったら横社会だけど、社会体育は縦社会。下が上に教わるとか、社会に出るための第一歩を教わるのが社会体育だ。

小学生バレーボール体罰 一部の保護者、口止め誓約書を配布 「情報漏らした」と正座させ詰問も(毎日新聞2019年11月22日)

 この保護者の身勝手な言い分に憤りを感じる。監督とその取り巻きの一部保護者は暴力行為でも不法行為でも何をしてもいいとばかりの、悪質な恫喝だとしか思えない。

 過去に各地で発生した、スポーツクラブや部活動などでの「体罰」・暴力事件でも、指導者とその取り巻きの一部部員・一部保護者がカルト宗教のような全体主義集団となり、「チーム」「全国大会出場」「一致団結」などの大義名分を振りかざして指導者の暴力や不正行為を全面肯定し、そのことが問題になるなどすると、逆に被害にあった人物や被害を訴えた人物が「犯罪者・不法行為者」かのような扱いで、意に沿わないと見なした者を「敵対行為・妨害行為・内部撹乱行為」扱いして攻撃するというのは、時々発生していた。競技の種別に関わりなく、全国大会出場などいわゆる「強豪」とされるところほど、そういうのが発生する率も高まるようにも感じる。

 こういう者の態度に改めて触れると、何度も同じようなのを見ていても、やはり強い不快感を感じる。

 しかし、暴力・「体罰」は許されないということが社会のルールである。この保護者の言い分こそが社会通念から著しくずれていることになる。加害者に加勢してかばい、隠蔽や被害者攻撃をする本人は「組織防衛」のつもりでやっているのかもしれないが、それは結局、逆に内部撹乱ともなり、正常な組織運営をも踏みにじることにもつながる。

 この事件では、県小学生バレーボール連盟レベルでは被害者から事情を聴かずに「暴力はない」などと認定していた。筋違いの抗議を執拗におこなって、県連盟レベルでも押し切られて隠蔽されたことがうかがわれることにもなる。

 一部保護者の行為は、極めて悪質なものである。今回の個別の事件について徹底的な調査と再発防止策をとることと同時に、暴力は許されないという常識的な価値観と暴力に頼らないスポーツ指導・組織運営を徹底し、また間違った指導観・組織観を徹底的に排除していくことこそが求められている。