高校国語:新指導要領で「文学」が大幅削減か

 新学習指導要領により、高校の「国語」の科目構成が大きく変わる。

 このことについて、『戦後最大の「国語」改革で「文学」が消滅する2019年の論点100』(伊藤氏貴、文春オンライン、2018/12/27)という論考が出されている。

戦後最大の「国語」改革で「文学」が消滅する | 文春オンライン
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高校「国語」科目の再編

 高校国語科目は、現行では1年で履修する「国語総合」や、2・3年で履修する「現代文」「古典」などの科目構成が、新学習指導要領によって再編されることになっている。

 1年配当科目は「現代の国語」「言語文化」(各2単位)に再編され、この2科目が必修となる。「近代以降の文章」(20授業時間程度)・「古典」(40~45授業時間程度)は「言語文化」に配当される。また2・3年の「現代文」も、「論理国語」「文学国語」に再編される。

 これは、「現代文」科目を「評論・論説」「小説・文学的文章」の分野別に細分化した、という単純な話ではなさそうである。

「実用文」偏重の課程に?

 大学入試センター試験に代えて2021年より導入される「大学入学共通テスト」の試作問題が、新学習指導要領で想定される授業内容を示唆しているようである。

 『戦後最大の「国語」改革で「文学」が消滅する2019年の論点100』では、共通テストの試作問題の内容を挙げている。契約書の内容、交通事故に関するグラフ、自治体の広報資料、部活動に関する生徒会規約などの「実用文」が出題されていることで、以下のように論じている。

 もちろん、大学入試で問われる内容はこれから大学で学ぶことそのものではなく、高校まで学んだことの総決算ではあるが、駐車場の契約書や交通事故に関するグラフの読み方は高校教科書ではほとんど扱われていない。それなのに出題できるということは、授業なしでも対応できるレベルの問題だということだ。実際、現役の高校の先生に尋ねてみたところ、新形式なので面食らうかもしれないが、ちょっとした対策をして慣れればすぐにでも満点がとれるだろうということだった。難しいとすれば制限時間だけだということだ。つまり求められているのは、手早い情報処理能力だということになる。

 そう、これはこれまでの「読解」とは明らかに異なる「情報処理」という新しい教科だとさえ言える。行間を読むような「深さ」ではなく、広い範囲から必要なポイントだけを拾い出してきて繋げる「速さ」が問われる教科だ。

 そして共通テストの新問題に対応する科目は、1年の「現代の国語」、2~3年の「論理国語」になると指摘している。

 授業時間数の関係で「論理国語」「文学国語」はどちらか一方しか開講できない可能性があること、そして多くの学校では大学受験対応で「論理国語」を開講する可能性が高いと見込まれることを考えると、1年時の文学学習の時間の減少とも相まって、高校段階で文学を学ぶ機会が減少することを危惧する論考となっている。

 長年高校国語教科書の定番教材とされてきた文学作品のうち、1年向け教科書での採用が多い芥川龍之介『羅生門』は辛うじて残るかもしれないが、2年向け教科書の定番教材である中島敦『山月記』や夏目漱石『こころ』などは「消える」可能性がある、すなわち大半の生徒が学習しない状況になるのではないかと指摘している。

本質的な思考力を

 新学習指導要領での高校国語科目再編は、想像していた以上に危険なものとなっている。

 政府・文科省やネオリベ的な論者は、短絡的な「実用性」ばかり追い求めて、それを教育課程に反映させようとする傾向が、これまでもみられてきた。国語に限らず、英語教育や情報教育などでもそうである。

 情報処理能力そのものは必要ではある。だがそれは「本質を見極める能力」とセットであってこそ生きてくるものではないか。本質的なもの・根源的なものを軽視して目先の実用性に走ることは、短期的に見ればともかく、長期的には弊害が出てくるのかもしれない。

 『戦後最大の「国語」改革で「文学」が消滅する2019年の論点100』では、以下のように締めくくっている。

相手の意図を見抜くには、情報処理だけでなく、行間や背景を見通す力が必要だ。そして、そうした生きた場の全体を示すものがたとえば小説である。それでも文学は実用的ではないのだろうか。

 この指摘は重く受け止めなければいけない。