麻生太郎氏、東大卒の北九州市長を「人の税金を使って学校に行った」と攻撃

 麻生太郎財務相が11月17日、街頭演説でおかしな発言をしたと報じられている。

発言の内容

 共同通信によると、以下のような内容が指摘されている。

麻生氏が国立大出身の首長を批判

共同通信 2018/11/17 19:16

 麻生太郎副総理兼財務相は17日、福岡市で街頭演説し、東大卒の北橋健治北九州市長を「人の税金を使って学校に行った」と批判した。国立大出身者に対する批判とも受け取られかねず、不適切との指摘を浴びそうだ。

 2019年1月に実施が予定されている北九州市長選挙に関連してのもの。前回2015年の市長選挙にあたっては、地元の自民党は北橋氏を推薦したものの、福岡県が地盤でもある麻生氏や近い勢力が対立候補擁立を模索した経緯がある。

 そのような構図の中で、出身大学をあげつらって「人の税金を使って学校に行った」と中傷が飛び出した。

 これは北九州市政での課題に対する批判や意見の範疇ですらない。個人への中傷・言いがかりともいえるが、それだけでは済まない。

 記事では「国立大出身者に対する批判とも受け取られかねず」としているが、それだけにとどまらず、公教育全体を否定するものではないか。

近代公教育全体への否定

 近代文明の萌芽や近代国家形成の過程において、国家権力に基づく教育行政機関が教育の制度や方向性を管理する公教育の概念が確立された。

 日本においては、明治時代の学制を出発点に、国家および地方公共団体の制度として教育が実施されている。

 学校の管理運営にかかる費用については、日本国憲法や教育基本法・学校教育法などの規定を具体化する形で、公立学校はもちろんのこと私立学校も含めて税が投入されている。また、現行では必ずしも十分ではないとはいえども、就学援助制度・公立高校無償化・大学学費の減免制度・奨学金制度など、家庭・個人の負担を軽減させ教育の機会均等を実現しようと図る取り組みもおこなわれている。

 教育を受けたものが社会で活躍することで、学んだものが社会に還元することになる――この観点から、教育は公的なものだと考えられている。

 「人の税金を使って学校に行った」と論難するのは、教育の公的性格を真っ向から否定するものであると受け止められる。こういう発言には強い疑問を感じる。