「学校独自基準」でいじめ認定せず、「いじめ認知件数ゼロ」報告:長野県

 長野県内で「いじめ認知件数ゼロ」と報告された小中学校のうち複数校で、いじめの定義を学校独自で本来よりも狭く解釈し、本来ならばいじめとされるケースでもいじめだと認定しなかったケースがあったことがわかった。

いじめと認定しなかった手法

 2017年度のいじめ認知件数調査で「いじめ認知件数ゼロ」と報告があった学校のうち、児童生徒数が多い7校(小学校5校、中学校2校)に対して、県教委担当者が学校を訪問して校長などと面会し、学校側に詳細を聴き取った結果、9月26日までにその事実が判明した。

 学校側によると、当該校では「いじめが一定期間続いているか」「内容が深刻かどうか」など学校独自の基準を設定し、学校基準を満たさないものについてはいじめ認知件数としては計上・報告しなかった。

 いじめの基準については、文部科学省による「一定の人間関係がある相手から心理的、物理的な影響を受ける行為」で「心身の苦痛を感じたもの」という基準が適用されることになる。しかし学校独自の基準では、文科省での定義ではいじめと分類されるものでも「いじめとは認定しない」場合も出てくることになる。

 このような独自基準を設けた理由について、当該校の関係者は「全てをいじめと認知すると膨大な件数になるため計上に迷いがあった」「軽微なものと重篤なものが同等に扱われることに抵抗感があった」などと話しているという。

数値のみを追い求めていなかったか

 いじめについては、統計上の数字が増えたか減ったかなどは参考値の一つでしかない。数字の上下には特にこだわらなくてもいい。実際に被害に遭っている児童・生徒の立場にどれだけ立ちきれるか、個別の問題にどう対処していくかが第一である。被害に遭っている児童・生徒にとっては、自分へのいじめ被害をなんとかしてほしいというのが願いであり、統計上の件数の数値や件数の増減などはっきり言ってどうでもよいことである。

 しかしいじめについて、「個別事例への対応」ではなく「件数の数字の増減」でだけ見る風潮が出ると、いじめの認知件数を減らすために、いじめを極力認定しない・いじめを認知していても放置してもみ消すなどの、とんでもないことが起きることになる。これでは、被害で苦しんでいる児童・生徒にとっては、学校側に見殺しにされたも同然ということになってしまう。

 誰も被害に遭わないから結果的にいじめゼロという状況が望ましいということは、いうまでもない。しかし「いじめゼロ」「減らす」という数値目標だけが先行することで、数字の数あわせをするために、実際にあったいじめを「なかったことにする」では、とんでもない人権侵害になってしまう。

 「いじめゼロ」などの数値目標が先行することによって、いじめをわざと認知しない風潮ができる。このことは、かねてからあちこちで指摘されてきたことではある。

数値目標が いじめ隠す/「発生ゼロ」以外受けつけぬ教委も/石井議員 「押しつけやめよ」/衆院委
いじめ解決妨げる「数値目標」/「ゼロ報告」促す仕掛け/衆院委 石井議員の質問

 長野県では数値目標での「いじめ隠し」の風潮が出ていなかったのか、検証を要する。

(参考)
◎いじめ定義を狭く解釈 県内複数校 県教委の件数調査で判明(信濃毎日新聞 2018/9/26)
◎小中学校でいじめの定義狭く解釈(NHK長野放送局 2018/9/26)