大川小学校津波訴訟、一審に引き続き石巻市と宮城県の責任認める:仙台高裁

2018年5月21日

 宮城県石巻市立大川小学校の児童らが2011年3月11日の東日本大震災で津波の犠牲になった事故に関連して、死亡した児童のうち23人の遺族が起こしていた訴訟の控訴審は、4月26日に仙台高裁で判決が言い渡された。

 判決では、一審判決に引き続いて、学校側は津波が到達することを予見できたと認定し、また一審では認められなかった震災前の防災対策の不備も認定した上で、一審判決を上回る範囲で石巻市と宮城県の責任を認め、一審判決よりも約1000万円多い総額約1億3000万円の損害賠償を、石巻市と宮城県が連帯して支払うよう命じた。

事故の概要

 2011年3月11日の東日本大震災発災時、教職員らは児童を運動場に避難させていた。当時の校長は、自分の子どもの卒業式に出席するために休暇を取り、不在だった。

 教職員らは、保護者が迎えに来た児童は保護者と帰宅させたものの、保護者の迎えが来ていなかった児童らに対しては運動場にとどまるよう指示した。児童らが学校の裏山への避難を求めても拒否したという情報もあるという。

 また下校直前の時間帯に発災したこともあり、スクールバスの運転手は、すぐに児童らを乗せて避難できるようにバスを準備して待機していた。

 しばらく待機したのち、学校から川の堤防の方に避難しようとして動き出した。その際に、避難途中の児童らの列の前に、川を遡上してきた津波が襲いかかる形になった。一行は裏山に逃げようとしたが津波にのまれる形になり、児童74人と教職員10人、スクールバスの乗務員や学校に避難した地域住民などが死亡した。児童4人と教員1人が裏山に流れ着くなどして助かった。

判決の意義

 訴訟では、津波の予見性や、事前の学校側の防災対策が十分だったかどうかが争点になった。

 控訴審判決でも一審に引き続いて、津波の予見性が認められた。

 さらには学校の防災マニュアルについても「避難場所や避難経路などを定める義務があったのに怠った」と判断し、事前防災の責任も言及したことになる。

 これは、当該校についての法的責任という視点にとどまらない。全国の学校に対して、学校安全や学校災害に関する対応をより深い方向で見直すよう求める、歴史的な判決になっているともいえる。

 裁判の性質上、形式的には現場の教師の過失のような形で問われることにはなる。個人だけに責任を負わせるようなものではなく、組織的な過失を認めたということは、重要な論点ではないかといえる。

 学校管理下で災害が発生した際、子どもや教職員の生命を守るためにはどのように対応すればいいのか、そのことは常に研究されていくべきであろう。